2017年12月4日月曜日

軽羽迦神社(羽曳野市) ・白鳥陵古墳に近く竹内街道沿いにある神社

軽羽迦神社

2017年8月訪問
軽羽迦神社(かるはかじんじゃ)は大阪府羽曳野市軽里にある神社です。近鉄の古市駅から竹内街道を西へ進み白鳥陵古墳(軽里大塚古墳)を越えてしばらく行くと、外環状線に出る手前で当社を見つけることが出来ます。かつて賑わっていたであろう街道沿いの古くからの街並みの中に静かに鎮座しています。

軽羽迦神社(羽曳野市)
軽羽迦神社(羽曳野市)



歴史と概要

羽曳野市のホームページなどによると、軽羽迦神社が現在の地に建てられたのは第二次大戦後で、もともとは白鳥陵古墳の濠の横の祠に祀られていたそうです。その後誉田八幡宮に一時預けられ、戦後に白鳥陵古墳の西の現在地に移されました。今でも白鳥陵古墳の濠の横には小さな祠が残っているそうですが、今回は発見できませんでした。

軽羽迦神社(羽曳野市)
軽羽迦神社の社名碑

この軽羽迦(かるはか)という名前は付近の軽里(かるさと)という地名や古墳(陵=はか)と関係しているのかと思い少し調べてみると、この辺りは昭和の初めまで軽墓(かるはか)という地名で、それが軽里になったそうです。
その軽墓は日本武尊(やまとたけるのみこと)の仮の墓がなまって軽墓となったという説
や、「軽」は軽皇子(かるのみこ)など歴史上何人か存在する「軽」が付く重要人物の名に由来する説があるようです。

軽羽迦神社(羽曳野市)
境内の様子

主祭神は天照大神(あまてらすおおみかみ)で、蔵王権現(ざおうごんげん)と熊野権現(くまのごんげん)の二神を合祀し、合計三神を祭っていますが、すぐそばに陵のある日本武尊は祀られていません。
蔵王権現は神仏習合により安閑天皇と同一視されていましたが、その安閑天皇の陵は当社から南東に1kmほどしか離れていません。ちなみに安閑天皇は以前訪れた堺市美原区の広国神社の主祭神でもあります。

軽羽迦神社(羽曳野市)
鳥居と本殿

境内

軽羽迦神社は竹内街道の北側に南向きに鎮座しています。敷地としては幅20m、奥行き30mほどかと思われますが、明るく手入れの行き届いた印象でした。鳥居は街道沿いと本殿前にありますが、入口の鳥居と違い本殿前の鳥居や灯篭は古そうでした。

軽羽迦神社(羽曳野市)
本殿前の灯篭

軽羽迦神社(羽曳野市)
本殿前の鳥居の銘文

本殿の周りは塀で囲われていますので、直接は見られませんでしたが立派な屋根は見えます。

軽羽迦神社(羽曳野市)
本殿の屋根

本殿に向かって右に建物がありますが、神職不在の神社のようなので御朱印などはなさそうです。本殿左側には稲荷神社があります。

軽羽迦神社(羽曳野市)
稲荷神社

祭礼

軽里地区の氏神として10月にはだんじり祭があるようです。

軽羽迦神社(羽曳野市)
「稲荷大明神」と彫られた灯篭

アクセス

公共交通機関では近鉄南大阪線古市駅から西に約1kmです。具体的には駅の改札を出て階段を下り、右に少し進むと国道170号線(旧道)の「白鳥」交差点に出るので左折します。100mほど進むと右に「仁賢天皇 清寧天皇 日本武尊御陵参拝道」の石碑の立った細い道の入口があります。それが竹内街道なので赤く舗装された住宅街の中の道を進むと左手に大きな濠と日本武尊白鳥陵古墳が見えます。少し先に「ウォーキングトレイル」と書かれた付近の地図・案内板があり、さらに200mほど歩くと右に当社が見えます。

軽羽迦神社(羽曳野市) 竹内街道への入口
170号線(旧道)から竹内街道へ

車では国道170号線(外環状線)の「軽里北」交差点を東(古市駅方面)へ進み、国道170号線(旧道)の「白鳥」交差点周辺にいくつかあるコインパークを探し、前述の竹内街道入口を見つける方が分かりやすいかと思われます。

Karuhaka Shrine(Habikino City,Osaka Prefecture)

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