仲姫命陵(藤井寺市) ・応神天皇皇后の陵とされる全国第9位の規模を誇る前方後円墳

仲姫命陵

2021年11月訪問
仲姫命陵(なかつひめのみことりょう)は大阪府藤井寺市沢田にある前方後円墳で、宮内庁により仲津山陵(なかつやまのみささぎ)として、第15代応神天皇の皇后である仲姫命の陵に治定されています。考古学的な遺跡名としては「仲ツ山古墳(仲津山古墳)」と呼ばれています。

仲姫命陵(藤井寺市)
仲姫命陵(藤井寺市)

仲姫命陵は夫である応神天皇の陵の少し北にあり、現在、周囲には神社や住宅が接近して建っている他、鉄道や国道にもほど近い立地となっています。皇后の陵に治定されていますが、その大きさは全国で9番目、古市古墳群では2番目の規模を誇り、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産のリストにも登録されています。

歴史と概要

仲姫命陵(仲津山古墳)は古市古墳群の中心からやや北東寄り、藤井寺市の東部にあり、石川と大和川の合流点から約1.5km南西に位置しています。ここは国府台地(こうだいち)と呼ばれる台地の上で、古市古墳群の中では最も標高の高い場所となっており、古墳北側では台地の縁に沿うように近鉄南大阪線の線路が敷かれています。また、仲姫命陵の北東では長尾街道と東高野街道が交わり、今はすぐ東を国道170号(旧道)、北を府道12号堺大和高田線(ヤマタカ線)が通るなど周辺は古くから交通の要衝となっていました。


現地説明板などによると、仲姫命陵の規模は墳丘長約290m、前方部幅約193m、高さ約23.2m、後円部径約170m、高さ約26.2mという大型前方後円墳で、前述のように全国で9番目、古市古墳群で2番目、さらに藤井寺市内では最大の規模を誇ります。

墳丘は3段に築かれていますが、最新の測量図では墳丘裾に近い位置に平坦面が認められ、4段築成を意図していた可能性も指摘されています。さらに、くびれ部の両側には造出しが設けられており、埋葬施設には石棺が用いられているという伝承があります。また、当古墳の築造にあたっては、谷を埋めたり土を盛るなど大規模な土木工事が行われたことが確認されています。

仲姫命陵(藤井寺市)
説明板

現在も周濠が美しい姿で残っていますが、その幅は狭くて深く、さらにその外側に築かれた外堤(周堤)は幅が広い、という特徴を持っています。なお、国府台地の最高所にあるためか濠に水はあまり無く湿地のようでした。

堤には葺石や円筒埴輪が並べられていた他、同じく堤から形象埴輪も出土しており、これらから仲姫命陵は4世紀後半~5世紀初め(後半とも)に築造されたと推定されます。なお、令和3年(2021年)3月26日に「仲姫命陵古墳周堤」が国の史跡に指定されています。

宮内庁により応神天皇の后である仲津姫の陵と治定されていますが、古墳の形態などから応神天皇よりも古い4世紀後半頃の大王陵だとする説もあります。周辺には「沢田の七ツ塚」と呼ばれた中小規模の古墳が多数あり、中には仲姫命陵の陪塚と考えられる古墳もありましたが、第二次大戦後の宅地化などにより次々とその姿を消し、現在も姿を留めているのは鍋塚古墳のみとなっています。


仲姫命陵の周辺には、応神天皇陵以外の天皇陵として允恭天皇陵がある他、古室山古墳赤面山古墳、三ツ塚古墳(助太山古墳・中山塚古墳・八島塚古墳)など古市古墳群を形成する古墳があります。また、当古墳に隣接する澤田八幡神社古室八幡神社以外にも土師ノ里八幡神社国府八幡神社、少し離れて道明寺道明寺天満宮伴林氏神社といった神社仏閣もあります。


仲姫命

仲姫命(仲津姫命とも。「古事記」では中日売命。生没年不詳)は応神天皇の皇后で、応神天皇との間に大鷦鷯尊(おほさざきのみこと=第16代仁徳天皇)を儲けたことでも知られています。父は第12代景行天皇の皇子である五百城入彦王の子、品陀真若王(ほんだまわかのおう)で、母は金田屋野姫命(尾張連建伊那陀宿禰(建稲種命)の娘)となっています。

仲姫命陵(藤井寺市)

応神天皇2年2月3日に応神天皇の皇后に立后され、後に応神天皇が八幡神として信仰されるようになると、その皇后である事から八幡三神中の「比売神」として全国各地の神社で祀られるようになりました。

ちなみに、仲姫命の同母姉である高城入姫命や同母妹の弟姫命も応神天皇の妃となっています。


古墳の現状

仲姫命陵は前方後円墳で、拝所は南西の前方部にあります。拝所のある南西側は拝所以外は住宅が周濠に隣接していますが、その他は周濠に接近して神社や民家などが建っているものの、濠の周囲が道路になっているので、誰でも間近に古墳を見ることが出来ます(南東面の前方部寄りは幅員狭小)。

仲姫命陵(藤井寺市)
拝所入口

まず、南西側の拝所に向かいます。ちなみに、仲姫命陵拝所の向かい側には古室山古墳がありますが、こちらは自由に入ることの出来る公園のようになっています。
 
仲姫命陵(藤井寺市)
拝所

古市古墳群第2位の規模だけあって、鳥居の先に見える木々に覆われた墳丘はまさに山のようです。

仲姫命陵(藤井寺市)
古室八幡神社から見た説明板と古墳

拝所前の道路を北に歩くと、近鉄線の踏切の手前右側に古室八幡神社があります。古室八幡神社に参拝し、社殿の右手を奥に進むと視界が開け、仲津命陵の説明板が現れます。

仲姫命陵(藤井寺市)
前方部南西面の周濠

説明板のある位置が前方部の端、古墳の北西端に当たります。ここで視線を右に向けると、南東に向かって延びる真っすぐな前方部の墳丘南西面と濠、堤が見えます。

仲姫命陵(藤井寺市)
北西端から北東を望む

一方、左手をみると、手前の前方部から奥の後円部にかけての墳丘や濠の形がよくわかります。また、こちら側には後円部のある北東に向けて周濠に沿った道があり、この道を100mほど進むと澤田八幡神社本殿の裏側を通ります。

仲姫命陵(藤井寺市)
古室八幡神社境内の石など

なお、説明板のある古室八幡神社境内には古墳との関係は不明ですがいくつかの興味深い石もありました。

仲姫命陵(藤井寺市)
北東端付近から西を望む

北西面を周濠に沿って北東に向かって歩くとやがて後円部となりますが、その東端付近から東に延びる道に入ると、鍋塚古墳の南側を抜けて国道170号(旧道)に出られます。そこから80mほど北には近鉄南大阪線の土師ノ里駅があります。

仲姫命陵(藤井寺市)
南東端付近から北を望む

当古墳の北東側は周濠沿いに道路があるので、どの方位からでも後円部を見ることが出来ます。

仲姫命陵(藤井寺市)
南東端付近から南西を望む

周濠沿いの道は南東面にも延びていますが、南西の前方部寄りは幅が狭く車両の通行は不可です。

仲姫命陵(仲津山古墳)は全国第9位の大きさを誇る前方後円墳で、周濠を含めて綺麗に保存されており、大型古墳の迫力と美しさを近くで感じることが出来る古墳といえます。


アクセス

拝所を目指す場合、公共交通機関では近鉄南大阪線「土師ノ里」駅、あるいは「道明寺」駅が最寄りとなります。

「土師ノ里」駅からは、改札を出て目の前の国道170号(旧道)を左(南)に歩き、約80m先の信号のある交差点を渡って久保医院さんの前から西側の住宅地内に入ります。80mほど歩くと仲姫命陵周濠沿いの道に出るので、そのまま周濠沿いを西に約400m進み、古室八幡神社に入ります。境内を抜け鳥居前の道に出て左に進み、道なりに150mほど歩くと左側に拝所があります(拝所の向かいには古室山古墳があります)。

仲姫命陵(藤井寺市)
「右 應神天皇皇后仲姫命御陵参拝道」の道標

「道明寺」駅からは、駅前の道明寺天神通り商店会を通って西へ約250m進み、道明寺天満宮の神門前を左折。そこから南に150mほど進んで交差点を右折。さらに約250m進むと国道170号(旧道)の「道明寺5丁目北」交差点に出るので横断して直進します。140mほど先の府営藤井寺道明寺住宅の角に郵便ポストと古い「右 應神天皇皇后仲姫命御陵参拝道」の道標があるので右折し(直進すると応神天皇陵)、道なりに約400m進むと右手に拝所が見えます(「土師ノ里」駅が無かった時代はこちらから参拝する人が多かったのかもしれません)。

仲姫命陵に駐車場は無いので、「土師ノ里」駅周辺などでコインパーキングを利用し、周辺の古墳や神社仏閣と一緒に巡るのが良いかと思われます。


Mausoleum of Princess Nakatsuhime(Empress-consort of Emperor Ojin) (Fujiidera City,Osaka Prefecture)


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