青山古墳(藤井寺市) ・青山古墳群で現存する古市地区最大級の円墳

青山古墳

2020年10月訪問
青山古墳(あおやまこふん)は大阪府藤井寺市青山にある古墳です。藤井寺市と羽曳野市にまたがる古市古墳群に属する青山古墳は国の史跡に指定されているだけでなく、令和元年(2019年)7月、ユネスコの世界文化遺産に登録された百舌鳥・古市古墳群の世界遺産リストにも登録されています。

青山古墳(藤井寺市)
青山古墳(藤井寺市)

青山古墳周辺1km圏内には墓山古墳、仁賢天皇陵、野中宮山古墳、はざみ山古墳、白鳥陵古墳清寧天皇陵、そして応神天皇陵など、今もその姿を残す大きな前方後円墳が多数ありますが、この青山古墳は円墳となっています。


歴史と概要

青山古墳の築造時期は、出土した埴輪などから5世紀中葉とみられています。円墳である青山古墳の大きさは資料により若干異なりますが、現地説明板によると、墳丘の直径約62m、高さ約10mとなっています。ただし、南西側には造出しが設けられていることから墳丘長は最大で約72mとなり円墳としては古市古墳群最大級です(約75mある島泉丸山古墳は世界遺産リストに入っていません)。また、円丘部は2段となっており現在は他の古墳同様に木々で覆われています。

墳丘の周囲には円形の濠が巡らされており、北側は広く、南側は狭くなっています。墳丘の発掘調査は行われていませんが、濠の調査では円筒埴輪をはじめ、家・衣蓋・盾・靫(ゆぎ。矢を入れて背負う道具)・馬・人物形などの形象埴輪が見つかっており、これらから古墳の築造年代が推定されています。

平成13年(2001年)に国指定史跡に指定、令和元年にユネスコの世界文化遺産に登録されています。

青山古墳(藤井寺市)
公園にある案内板

青山古墳群と軽里古墳群

現在の青山古墳周辺は住宅地となっていますが、そこには複数の古墳があったことから青山古墳群と呼ばれています。藤井寺市教育委員会のガイドブックなどによると、昭和50年代に青山古墳南側で青山住宅を造成する際、大阪府教育委員会が発掘調査を実施し、前方後円墳1基、方墳4基が検出されました。これにより青山古墳を1号墳として、新たに発見された5基の古墳は青山2~6号墳と名付けられ、これらを総称して青山古墳群と呼んでいます。

藤井寺市のホームページなどによると、この青山古墳群は東と西の大きく二つに分けられ、東のまとまりは1号墳→4号墳→2号墳、西のまとまりは6号墳→5号墳→3号墳の順に造られたことが判明しています。5世紀中頃から末にかけて、親密な関係にあった二つの集団の長が3世代に渡って、一定の共通の空間の中で古墳を造り続けた結果であると考えられているそうです。

その後、平成11年(1999年)に藤井寺市教育委員会が青山古墳(1号墳)東側で実施した調査でも新たに円墳が発見され青山7号墳と名付けられました。

青山古墳(藤井寺市)
東側の道路より

青山古墳周辺には青山古墳築造以前にあった古墳時代の住居跡が見つかっていますが、当古墳の築造を契機に移転したと想定されています。

また、青山古墳群の南側には古市大溝の遺構がありますが、さらにその南の羽曳野市域では同時期に築造されたとみられる軽里古墳群が見つかっています。この軽里古墳群はその立地から青山古墳群とは相互に関連づけて、もともと10数基の古墳からなる一つのグループだったとも考えられます。

なお、軽里1号墳(若子塚古墳)から4号墳までの軽里古墳群はいずれも消滅しています。

古墳の現状

青山古墳(青山1号墳)は現代の南河内の主要道である国道170号(外環状線)から150mほど東、現存する古墳では浄元寺山古墳から100m少々南西にあります。

青山古墳(藤井寺市)
東側から南西を望む

もともとは最も近い街道から70mほど離れていた青山古墳ですが、今はイズミヤ古市店西側を南北に走る道路からも直接見ることができます。

青山古墳(藤井寺市)
東側から北西を望む

古墳の東側は道路(厳密には駐車場)に面しており、かなり間近で古墳の周濠を見ることができます。

青山古墳(藤井寺市)
北端付近から南東を望む

古墳北側の濠は南側より広いですが、草が多く湿地のようです。

青山古墳(藤井寺市)
北端付近から南西を望む

古墳の周囲は田畑が広がっていましたが、昭和40年(1965年)前後から周りに家が建ち始めたようです。

青山古墳(藤井寺市)
北西から南を望む

住宅前の道路から間近に見学できる西側の濠は深いようで、水面が見えています。

青山古墳(藤井寺市)
西側から見た墳丘

訪問時の墳丘には多くの木々が生い茂り、表面の様子をはっきりと確認することは難しかったです。

青山古墳(藤井寺市)
南西の公園より

墳丘の南西側には幅約25mの低く短い方形の造出しが付設されているとされますが、ちょうどその対岸付近が公園(市立青山児童遊園)となっており、公園のフェンス際に青山古墳の説明板があります。

青山古墳(藤井寺市)
南西側の墳丘の様子

青山古墳の現状は、他の古市古墳群の古墳同様に住宅地に囲まれた古墳ですが、北東側と南東側は住宅などが濠と隣接しているものの、それ以外は濠のすぐそばまで近づけるので見学しやすい古墳ともいえます。

なお、周辺の神社としては、北に野中の野中神社(旧丹南郡野中村)、南に軽羽迦神社(旧古市郡軽墓村)がある他、石器時代の遺跡である翠鳥園遺跡につて学べる「翠鳥園遺跡公園 石器人のアトリエ」もあります(200mほど南東)。

アクセス

最寄駅である近鉄南大阪線・長野線「古市」駅からは、西出口を出て右(西)に約650m歩きイズミヤ古市店南西の交差点を右折します。さらに250mほど進むと左手に青山古墳があります。

「古市」駅、あるいは近鉄南大阪線「藤井寺」駅から近鉄バスを利用する場合は「軽里三丁目」バス停で下車。北に200m少々歩くと左側に当古墳があります。

国道170号(外環状線)「軽里北」交差点からは東に進み、200mほど先の最初の信号を左折。約250m進むと左手に青山古墳が見えます。

青山古墳に専用駐車場はありませんが、道を挟んだ東側などにコインパーキングがあります。

Aoyama Mounded Tomb(Fujiidera City,Osaka Prefecture)


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